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大阪高等裁判所 昭和49年(行コ)8号 判決 1975年3月26日

控訴人(原告) 谷口弘こと平井康雄

被控訴人(被告) 東大阪税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和四五年一二月一六日付でなした控訴人の昭和四四年分所得税についての更正決定処分および加算税の賦課決定処分は、国税不服審判所長が昭和四七年四月三日付裁決により取り消した部分を除き、これを取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文同旨の判決。

第二、当事者双方の主張および証処関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  信用取引とは、投資家が証券取引所に上場されている株式を買う場合の買付資金または売る場合の売付株券を証券会社から借り受け取引所を通じて行なう取引をいうのであるが、取引所の取引としては、普通取引という実物取引の一形態として行なわれるもので(この点において戦前行なわれた精算取引とは異なる)、売買約定日(信用取引委託日)後四日目に右取引の決済は終了し、あとは、買付資金または売付株券についての貸借関係が証券会社と顧客との間に残るだけとなる。そして、右貸借の決済は、売買約定日より六か月以内に、顧客が手持資金をもつて証券会社に買付資金の返済をして株券の引渡を受け(現引)もしくは同銘柄の手持株券を証券会社に引き渡して借り株を返済する(現渡)方法により、または、買付の場合に証券会社に担保として預託してある買付株券を転売しその代価をもつて借入金の返済にあてるかもしくは売付の場合に担保として預託してある売却代金をもつて同一銘柄の株券を買い付けて借入株券の返済にあてる方法(反対売買による決済)によつて行なわれる。

(二)  このような信用取引は、原判決のいうような投機性の強いものではない。右のように、信用取引は、取引所の場においては何ら特異な取引ではなく、実物取引の裏付けのもとに行なわれる取引であり、ただ顧客と証券会社間における信用の決済に六か月の猶予期間があるにすぎないのであるから、現株を購入して六か月後に売却しあるいは手持株式を売却して六か月後に同一銘柄の株式を購入するといういわゆる株式投資の場合(株式投資のローテイションも上場企業の決算期にあわせて六か月間とするのが常道である)と何ら差異はなく、したがつて、その投機性も同様に稀薄である。そして、信用取引を行なつて利得をしさらにはそれによつて生計を維持している者も少なくないのであり、当初は赤字を伴うとしても、相当長期間の取引を経験することにより、安定した利益を継続的に得ることは十分可能であつて、事業としても存立しうるものである。

(三)  原判決が事業性を否定するために挙げたその余の理由も正当でない。

(1) 信用取引の顧客は、証券会社に一定の委託証拠金を差し入れるが、それ以外の取引上の資金はすべて証券会社から融通を受けるのであり、右証拠金も代用有価証券で足りるのであるから、平素かなり有価証券を保有している者は、手許資金だけで多額の取引が可能なのであつて、そのうえにことさら他からの資金調達をしなければならないものではない。控訴人が投下している資金は四、五千万円にのぼつていて、事業性を認定しうるに十分な資金量である。一般に、事業を行なうについては自己資本で賄うのが本来の姿であつて、必ず資金調達を必要とするものではないばかりでなく、信用取引においては証券会社から信用の供与を受け、金利を支払うのであつて、かえつて必ず資金調達を伴い、ただ調達先に特殊性があるにすぎない。

(2) 証券取引法によれば、証券業を行なうものは免許を受けた株式会社でなければならず(二八条)、営利の目的をもつて反覆継続して株式の売買を行なうことは証券業にあたると解される(二条八項)。したがつて株式売買のために人的物的設備をすることは、同法に違反することとなるし、いずれにせよ上場株式の取引は取引所の正会員たる証券業者に委託してしなければならないから、そのような設備は無用である。一般に、株式投資により多額の利益を得ている者も、そのために特別な人的物的設備を構えているわけではなく、要するに、株式取引の性質上、いかに多額の取引をしてもさほどの時間、労力、費用を必要としないのである。

(3) 証券業者の中でも、専門の調査研究機構を所持しているのは、取引所の正会員の中で、四大証券およびそれにつぐ中堅業者のみであつて、それ以外の正会員、準会員や会員外の証券業者は、一般の顧客と同様、右大業者の調査発表する資料のほか、経済雑誌、株式新聞等と永年の経験による勘に基づいて商いをしているにすぎない。証券会社以外の者が特別の調査研究をすることは不可能であつて、右のような業者の調査資料に頼らざるをえず、またその方が安全でもあつて、調査に長時間を費す必要はない。したがつて、特別の調査研究をしていないからといつて、余暇に投機をしているにすぎないと断ずることは誤りである。

(四)  以上のように、株式取引を業とする場合の営業のあり方は多分に特異性を有するのであり、被控訴人の援用する通達およびこれに全面的に依拠する原判決は、右の特異性を正当に認識していないものである。株式取引の実態と機能を正当に認識するならば、控訴人の本件株式信用取引も事業と認めて然るべきである。

二、被控訴人の主張

(一)  信用取引においては、六か月以内に必ず貸借の決済をしなければならないが、その場合に手持資金もしくは手持株券を返済する例は僅少で、大部分は、担保として預託してある買付株券の転売代金をもつてあるいは預託してある売却代金で購入した同銘柄の株券をもつて決済されるのであり、したがつて、六か月を経過した時点における株価に応じて、さらに時機を待つとか、他の銘柄の株式の取引をするとかの選択をする余地はなく、この点において普通の株式投資(それには、必ずしも六か月等の定まつたローテイシヨンがあるわけではない)との間に重大な差異がある。その結果六か月間の株価の変動はそのまま顧客の損益となつてはねかえることとなり、しかも、一定の委託保証金を提供するだけで多額の株式の売買が可能となることから、損失額も莫大なものとなる危険があり、著しく投機性の強いものとなるのである。

(二)  株式取引が事業といいうるためには事業としての社会的客観性を要し、その要素の一つとして収益の継続性が予定されていなければならない。しかるに、信用取引を行なつている者の大半が最終的には損失に終わつており、信用取引によつて生計を維持している者も存在しないのが現実であり、控訴人が、株式取引につき長年の経験を有しながら、昭和四三年から同四六年の四年間において約四、八〇〇万円もの損失を被つている事実自体が、その証左である。したがつて、このように投機性が強く損失の危険性も大きい信用取引は事業になじみがたいものである。

(三)(1)  信用取引を行なうには、委託証拠金が必要であり、また損失が発生した場合の填補のための資金も必要である。信用取引が継続的収益を保証するものならば、他の企業経営と同様、他からの資金の融通を受けてまで、信用取引に精を出すことが可能であるが、損失を生ずる場合には、他人の資金を利用していると損失の金額も莫大なものとなる。控訴人が自己資金の範囲内でのみ信用取引をしていたということは、十分な資金量を運用していたということよりは、むしろ、継続的収益の確たる見通しがなく危険が大きいため、会社経営という本来の職務の余暇に投機的目的で資金を運用していたことを物語るものである。

(2)  証券取引法違反の成否は、人的物的設備の有無に左右されるものではないし、また、所得税法上の事業所得にあてはまるか否かの判断にも直接関係がない。要するに、控訴人の信用取引が営業としてなされず、本来の仕事の余暇を利用して単なる投機的目的でなされていて、取引の手続きや情報の収集等はすべて証券業者に依頼していたからこそ、特に人的物的設備を必要とするに至つていないのである。

(3)  調査研究機構を所持する四大証券等以外の証券業者であつても、顧客との取引に際しては、当然指導と資料の提供を行なうはずであり、そのためにはそれなりの調査研究を行なつているはずである。ところが、控訴人の場合には、資料の入手方法は、株式新聞や四季報を読みあるいは証券会社の外務員の情報を聞くという程度で、証券会社の単なる一般的顧客の域を出ず、業者としてなすべきより積極的な情報収集活動は見られないのである。

(四)  以上いずれの点からみても、控訴人の信用取引行為には事業性を認めることはできず、これによる所得を雑所得金額の計算上生じたものと解したことは正当である。

三、証拠関係<省略>

理由

当裁判所の判断は、次のとおり付加するほか、原判決理由の説示と同一であるから、これを引用する。

(一)  一定の経済的行為が反覆・継続して行なわれることによつて事業としての社会的客観性が認められうるというためには、相当程度安定した収益を得られる可能性がなければならないと解される。しかるに、株式の信用取引においては、取引から六か月後に、その当時の株価如何にかかわらず決済を強制されるため、その間の株価の変動によつて損失を生ずる危険が大きく、また、当初に委託証拠金として支出する資金の量に比して多額の取引が可能であるため、損失の額も大きなものとなりうるのであつて、この点において、その他の株式投資との間の差異は、控訴人主張のように軽視しうるものではないと解される。もとより、信用取引によつて一時的に利益を挙げることは可能であり、これを目的として取引がなされるのであるが、右のような損失の危険を考えるとき、相当程度の期間継続して安定した収益を得ることはかなり困難なことであつて、このように収益の見込が不確実で損失の危険が大きいという意味において投機性の著しいものとみるほかはなく、これを生計の主たる手段とするようなことはきわめて危険なことと考えられる。当審証人藤元実の証言も、この判断を左右するに足りない。

控訴人が主として会社の経営に労力を費やし、所得あるいは生活の資の多くの部分を右会社から得ていて、その余暇にのみ本件株式取引を行なつていたにすぎないという事実についても、このような信用取引の特性との関連を考えるべきものであつて、このような形態で行なわれる信用取引がなお事業として成立するためには、取引の反覆・継続の事実のほか、さらに特別の事情が認められなければならないものというべきである。

(二)  特別の資金調達手段の存在、人的物的設備の具備、専門的な調査研究の実行等は、その各個が、事業の成立のための必須の要件であるということはできないが、事業にあたるか否かは、前記引用の原判決の挙示する諸般の事情を総合することにより、事業としての社会的客観性が認められるか否かによつて決すべく、右の諸点もそのような事情の一つとして考慮することを要するものであつて、これらの点についての事実関係が原判決認定のとおりであることは、前記(一)の事情に加えて、本件信用取引が事業にあたるものと認めることをいつそう困難にするものというべきである。

要するに、本件における一切の事情を総合してみるとき、本件株式取引は事業とは認められないものというほかはない。

したがつて、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、行政事件訴訟法七条、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里 野田宏 中田耕三)

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